ふたつの若尾文子映画祭
都議選の政治活動と選挙活動と重なる日程で、ふたつの若尾文子映画際が開催されました。ひとつは、地元の杉並区阿佐谷駅そばにある独立系の小さな映画館、ラピュタ阿佐谷で4/27から6/14まであった若尾文子映画祭、もうひとつは、一部オーバーラップする形で、角川シネマ有楽町が6/6から7/3まで開催した若尾文子映画祭(Wakao Ayako Film Festival) のSide.AとSide.B。合わせると2か月以上、延べ日数だと2か月半近くの長きに渡る、ひとりの映画女優だけを特集した壮大な映画祭となりました。
ラピュタ阿佐谷は、日本映画を専門に上映する手作り感のする小さな映画館で、特定の時間枠内で、ずっと、ひとりの映画女優の出演作を選んで一定期間上映をするということを続けていて、今回の文子さんの特集はもう何度目かのようです。今回が特別かどうかは分かりませんが、最近の他の女優さんの特集の期間と比べてもダントツに長い期間をかけたそれこそ映画祭と呼ぶにふさわしい特集となりました。上映された作品は26本。副題には、”大映<プログラムピクチャー>の職人監督と”とあり、選ばれた作品群は文子さんのメジャーものではなく、安上がりながら手堅く観客を呼べる目的で作られたものと言えます。昔、私は東京12チャンネル(現テレビ東京)で日本映画名作劇場で文子さんのその種の映画は結構見た記憶があるのですが、今回の26本のラインアップを見ると、ほとんど未見のもの。見たことがあるものは、以前にも書いた『妻の日の愛のかたみに』。そして、今回、私がみたものは、その『妻の日の愛のかたみに』を再見したほかには、『滝の白糸』『温泉女医』の3本でした。ラピュタ阿佐谷は昔風の言い方をすれば名画座なのでしょうが、今の名画座はけっして入場料金は安くなく、金銭的にも時間的にも3本がよいところでした。見られなかったものでは、『東京おにぎり娘』がファンの間ではとても人気が高い作品であることが今回特にわかり、『鎮火祭』がSNSで感想を見るとかなりの異色作のようで、見たかったと思った作品でした。再見した『妻の日の愛のかたみに』は、とても丁寧に格調高く制作された作品で、テーマが重くて救いがないので、大衆性は得られていないかも知れませんが、映画的には名作に近いかもと思えました。文子さんと船越英二の演技が心に沁みます。『滝の白糸』は何度も映画化されている泉鏡花原作の作品。私は、溝口健二監督作品で入江たか子さんが白糸を演じたサイレント映画を弁士つきで見たことがあったのですが、文子さんでこの悲恋映画を観たかったのでした。この映画を観て思うことの第一は、昔の日本は、女が男を見初めること、求愛をすることはまったくタブーではなかったということ。男女平等が根付いていた日本独自の風習なのであって、それがタブーのようになってきたのはやはり戦後だったのではないでしょうか。文子さんはデビュー間もないころなので本当に可愛さ可憐さ満点でした。もう一本は、タイトルからして軽そうな『温泉女医』。映画館とかDVDで見る文子さんは必然的に重々しい、情念溢れるキャラクターを見ることが多いので、一本は軽いキャピキャピした文子さんを見たかったのでした。3回通ったラピュタ阿佐谷はいつも結構、観客で溢れていて、これはやっぱり若尾文子特集は何度でもしたくなるだろうな、と想像しました。
ラピュタ阿佐谷からリレーするように始まった角川シネマ有楽町での若尾文子映画祭。角川シネマでは、今回の若尾文子映画祭は3回目を数えたものです。最初が2015年、次が2020年、そして今回2025年。5年おきに開催していることになります。私は不覚にも2020年の開催は見逃しており、今回は10年振りの映画祭参加となります。最初の2015年については身も心も美しい若尾文子でも書きました。まさに夢のような企画と思えたものです。上映作品は全部で何と60本。出演作が160本ですから、かなりの本数が上映されました。この時に私が見た作品は5本(5枚1セットの鑑賞券を買うと12枚の写真でできた2016年卓上カレンダーが貰えた)。60本から5本だけですから、相当少ないですね。いくら好きでも経済的にも時間的にも全部は見られないとなるとそうなってしまいました。『女は二度生まれる』『最高殊勲夫人』『幻の馬』たぶん『越前竹人形』それからこれは自分が見たのではなくて妻に見に行かせた『妻は告白する』。私には、『女は二度生まれる』『幻の馬』は初見、『最高殊勲夫人』はかつてUHFの映りの悪い画面で無理やり見て以来初めてのクリアな画面での鑑賞、『越前竹人形』は文子さんが演じる薄幸な女性の映画の最高峰で何度目かの鑑賞となり大きなスクリーンでは初めて。この中では、競馬好きな私にとってまさしく幻だった文子さんの競馬関連映画の『幻の馬』に会えたことは、まさかまさかの奇跡的な経験で、映画の名声とか質とかは全く別次元の意味をもつ喜びの事件でした。ちなみに『幻の馬』は、大映のオーナーだった永田雅一さんが所有していた、皐月賞、ダービーを無敗で制した後に破傷風でなくなってしまった競走馬トキノミノルをモデルにしたに物語です。本当にこの映画を映画館で見られることがあるなんて誰が想像できたでしょう。映画自体も丁寧に作られていて、競馬ファン的観点でも十分鑑賞に耐えられるできでした。結局、この時に映画館で見た作品は4本でしたが、卓上カレンダーをもらったり、同時期にワイズ出版から出された文子さんへの膨大なインタビューで構成された書籍『若尾文子”宿命の女”なればこそ』を直筆サイン入りで手に入れたり、文子さんご自身が映画祭の登場したり(拝見はしていません)、で忘れられない大イベントとなりました。2020年に開催の2回目の若尾文子映画祭は、前述のごとく、私は見逃してしまいましたが、このときの上映作品は41本だったようです。宣伝チラシはなかなか可愛いらしくてポップで素敵です。

そして、今回2025年の3回目は、6/6から7/3まで27日間、36作品をSide.AとSide.Bという形で2つに分け、Side.Aでは初期の明るめの作品、Side.Bは中期以降の濃厚な文子さんの作品をという括りとのことでした。Side.Aに、『雪之丞変化』や『その夜は忘れない』が、Side.Bに『婚期』が入っていたりするので、例外があるのは見て取れます。今回は、何枚セットのようなものはなく、私は、選挙の日程を睨み、これまで見たものとか、DVDで所有しているもの、契約しているU-Nextで見られるものなどを考慮して、結局、4作に行きました。Side.Aで『その夜は忘れない』、『青空娘』、Side.Bで『刺青』、『砂糖菓子が壊れとき』。見たかったけど諦めたものは、『お嬢さん』『赤い天使』『婚期』『不信のとき』。『青空娘』は何度も見ているしDVDもあるのですが大スクリーンでは初めてとなること、『刺青』は増村監督コンビ作では有名な作品で未見だったこと、『その夜は忘れない』『砂糖菓子が壊れとき』は渋めですが、ともに題材が文子さん映画では異色であり、吉村公三郎さんと今井正さんという巨匠作品で未見であったことでした。すべて選んだかいがあったと思った作品たちですが、中でも、やはり『青空娘』は大スクリーンと4Kが良かったのはありますが、映画が本当に傑作だと思えました。何というか、表現はストレートすぎるのではありますが、そのストレートすぎるところを屈託なく俳優たちが演じていて、中でも文子さんの表現力がすさまじく、これは天性のものと考える以外ないような才能に感動してしまいました。それを引き出した増村監督も異色の才能です。『刺青』は、文子さんの演じたキャラクターでは異色で、文子さんのキャラクターと180度違うので演じるのが難しかったろうとつくづく思いました。インタビューによるとご本人は満足していないようで、そうだろうなーと思います。お艶はまさしく二枚舌、三枚舌の女で、やっぱり破滅するしかなかったのでしょうね。『その夜は忘れない』は、広島でロケを多くされていて、1960年ごろの広島の街並みを見ることができます。文子さんが広島被爆者の秋子を演じていて、広島における原爆の体と心への後遺症の取材をしにきた東京の記者との悲恋を描いた作品でした。記者役の田宮二郎が物語の中心なので、文子さんは助演に近い感じでした。田宮二郎は、彼のいつもの映画のキャラクターとは違うとても良い人を演じているのがユニークです。1962年の作品なので、文子さんの綺麗さは絶頂期と思われます。ストーリー展開的に説明が足りないと感じるところがあり全体的な出来は素晴らしいということはないのでしょうが、不幸な境遇にありながら強い心で生きて行く女性を演じる文子さんはいつものはまり役です。こういう悲恋は広島を舞台には多くあったのでしょうね。ラストシーンの田宮二郎の後悔、やるせなさの演技が印象に残りました。『砂糖菓子が壊れるとき』はマリリンモンローをモチーフにした曽野綾子さん原作の現代ドラマです。不幸な生い立ちで教養がなくて思考力の弱い行き当たりばったりで生きているものの、美貌に恵まれ男に愛されるキャラクターは、文子さんの演じる女性像にはほとんどなかったと思います。教養がなくても、地頭がよくて強かに生きる女性とはこの映画のキャラクターは違っていました。その分、文子さんの配役は冒険だったのではないでしょうか。映画自体は、特殊なキャラクターの破滅までの道を淡々と追ったもので楽しいものではなかったですが、現代劇で、文子さんの着る衣装がファッションショーで披露されるようなスタイリッシュなものだったり多くの映画と違う要素が文子さんファンにはコレクション的に貴重なのではと思います。
以上、今回はこの4作品で、メジャーな作品ばかりではない、自画自賛すればいかにもコアなファンらしい選択ではなかったかと思えるのですが、映画館で見ることの大きなメリットは、その映画がどれだけ他の人に求められているかがわかることです。ラピュタでの映画祭の観客の入りが溢れるほどのものだったと書きましたが、角川シネマ有楽町の映画祭は、映画館がそこそこ大きいので溢れかえるほどではないにしても平日の朝や昼間でもロビーは賑やかで、観客席は、ほどほどに観客がいると感じるぐらい入っていて、観客としては、まさに快適な鑑賞環境でした。客層もまさしく老若男女とバラエティに富みます。やはり文子さんのファン層は若い世代にも広がっていることが実感できました。余談ですが、今回の2つの映画祭で見た作品は計7本ですが、その後、個人的に映画祭を続けていて、『女系家族』と『浮草』をU-NEXTやDVDで見ました。『女系家族』は初見でしたが、時代劇の巨匠、三隅研二監督が時代劇でない現代劇でも手腕を発揮したと言える良作で、文子さんはお得意の逆境から一発逆転を成功させる強かな女役、『浮草』は、映画館で見たあと2回目の鑑賞の、お馴染みの小津監督のセルフリメイク作品です。『浮草』は何しろ文子さん唯一の小津安二郎さん作品でスカラ文子さんにとっては宝物のような出演映画だと思うのですが、最初に見たときにあまり良い印象は持たなかった映画です。今回再見してみて、その理由が分かりました。小津映画らしい穏やかさがないのです。登場人物がそれぞれ欲望丸出しで、正確が荒っぽく、喧嘩すると行きつくところまで行ってしまう。演劇一座の人々なのでこれが自然で仕方ないかもしれません。文子さんは若々しさから美貌に変貌する頃のようで、瑞々しさがこのうえなし。この容姿で「南京豆って何?」と荒っぽいセリフを言うところが文子さんの演じる人物とはかなり違うなーと思うのでした。
今回も映画祭でお土産がありました。ひとつは、スマホの待ち受け画面に使える画像で、2種類あって、『青空娘回も映画祭でお土産がありました。ひとつは、スマホの待ち受け画面に使える画像で、2種類あって、『青空娘』と『妻は告白する』。それから、今回の映画祭のパンフレット。そして、このパンフレットと角川シネマ有楽町で推しとして売っているポップコーンを一緒に買ったときにもらえるポスター。これも2種類あって、スマホの画像と同じでした。私はポスターに引かれて買ってしまいました。選んだポスターは『妻は告白する』。ついでに、映画館で無料で配布している2種類のチラシも豪華で素敵なものでした。


今回、長々とこれまでの若尾文子映画祭について思い出とともに整理させていただきました。5年ごとだと次は2030年。どんな世界になっているか祈るような気持ちなってしまいますが、若尾文子映画祭の4回目があることも切に願います。そして、私の母と年齢がひとつ違いの文子さんが母とともにその時もお元気でいらっしゃることを心から祈念しています。